2026年3月3日〜8日
燕手健一 椿姫 -The Camellia Princess-

燕手健一 椿姫 -The Camellia Plincess-

燕手健一
椿姫 -The Camellia Princess-


202633(火)〜38日(日)
10:30~18:00 最終日17:00まで


燕手健一

Instagram Threads Note


スマホで撮影された見栄えのする食べ物は、美味しいはずだと信仰される時代。

SNSでは、次々とミュートボタンが押下され、関係性は音もなく透明化されていく時代。

設計された心をもつAIに励まされ、人間と正面から対峙することを忘却していく時代。

若さと清潔さを兼ね備え、漂白された美しさだけが正しいとされる時代。

絵描きも陶芸家もSNSの動画を通して作品の価値を切り刻んで伝えなければいけない。

表現を志す者たちは、この時代の美の傾向と共に生きていかなければならないのか。それでも私たちは、否応なく時代の子である。

日本では、西洋で理想化されるような「永遠の女性像」という概念が存在しない、と論じた小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の言葉が頭をよぎる。しかし、私たちが本来もっていた美的感覚は、幽玄的で、曖昧で、輪郭を拒むものであり、言語化されること自体が忌避されてきた存在ではなかっただろうか。

本展では、その「語られぬ美」を、あえて現出させることを試みる。これは、ひとつの美の形態である。
燕手が描く、渡りのろくろによる同心円。回転の痕跡と、その中心に据えられた沈黙。

この美の媒介として、京都での個展に際し、主題に「椿」を据える。
椿は、多くの神社仏閣において榊に次ぐ神聖な植物であると同時に、武士にとっては首が落ちることを連想させる、不吉さをまとった花でもあった。

また、椿の学名は Camellia japonica とされ、世界に広がる椿の原種の多くは、日本のヤブツバキに由来すると言われている。椿は、日本の花の象徴であると同時に、この土地の記憶と美意識を、静かに背負ってきた花である。

祈りと落下
祝いと呪い

椿の持つ、この相反する価値が表裏一体となっているものこそ、美の本質のひとつではないだろうか。真でも善でもない、その狭間に美は宿る。そうした想いが込められた作品が、それぞれの内側で、静かに作用することを願っている


[品 目]
椿 姫  雛人形を飾るように楽しむ茶器
曙 椿  美の曙を椿の開花に重ねわせた湯呑み
凸(トツ)本展覧会における宣言文用の絵画